ユンギボの映画日記

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木村拓哉が海外作へ初進出も大コケした問題作『2046』(#41)

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『2046』ポスター

木村拓哉を始め、アジアのスターたちが集結!! 何度も撮影中断し、5年の歳月をかけて完成された大作映画『2046』。……なんですが、悪評な上に大コケ!! 今回、久々に再観賞して、評判の悪い理由や監督のメチャクチャな演出方法が発覚!! こんなカオスな撮影現場があったとは!!



【公開当時は超話題になってました】
映画は公開前から話題騒然でした。
主演は香港の国際派俳優トニー・レオン。ハリウッド映画でも活躍するチャン・ツィイーコン・リーなど豪華女優陣。日本からは木村拓哉が海外作品への初進出。スターが勢揃い!!
世界的に高い評価を得てた映画『花様年華』と世界観を共通とする作品。予定通りにいかない撮影や当時、流行っていたSARSによる渡航制限などによって、撮影は幾度も中断。製作期間5年。もう話題に事欠かさなかった幻の大作がいよいよ公開!!
だったんですが、興行的に失敗。評判も激ワル!!

ボクも期待値パンパンで劇場へ行き、出て来る頃には絶望してました。「なんだ、この意味の解らない映画は?!」と。「画は綺麗だけど、ストーリーはよく解んなかったなー」っと。

今回、再観賞。……すると、「おっ!! 意外に解るぞ!!」とビックリ!!


【簡単にストーリー・あらすじ】
物語は、1960年代後半の香港。主人公は新聞記者から転職した小説家。でも、作家業は厳しい。官能小説や安い娯楽小説を書き、食いつなぐ日々。その中で、主人公は様々なタイプの女性と出会い、様々な形の恋を経験。あるいは目撃。それらの体験を「2046」というSF小説に取り入れていきます。

その小説の内容も超独特なんです。行ったら誰も帰って来ない《2046》と呼ばれる場所。そこから、唯一、帰って来た日本人の男が主人公。その男がもう一度、謎の列車で《2046》へ向かう話。その中で、アンドロイドへの恋が描かれます。


【この映画が難解な理由】
本作は、現実での主人公の経験談と小説内の物語が横断。行ったり来たり。エピソードは細切れ。筋の通った話がある訳ではなく、短編集のような関連性の薄い話が次々と登場。
結果、複雑な構成に。しかも、主人公も時代によって、違う女と付き合ってたり、一途な恋もあれば、遊びの恋もあり。ギャンブル狂で、金のある時もあれば、超貧乏してる時も。真面目なんだか、チャラい男なのか、主人公のキャラもブレブレ。超観づらい映画が完成したと。


【実は良い所もあるで!!】
ただ、アングルや画面レイアウトがアーティスティック。どのシーンで一時停止しても、絵ハガキになるんじゃないかという高クオリティー
鏡に写った登場人物を撮った独特の構図。狭い廊下での縦構図(奥と手前で人物配置)。扉や家具、小道具を見切れさせた覗き見風カメラ位置。反射物と被らせた窓越しの撮影。煙に包まれた男。カラフルな照明で浮き上がる女たち。シーンによってはモノクロ映像に。
芝居の流れで動くカメラワーク。名カメラマン=クリストファー・ドイルさんによるエモーショナルなハイスピード撮影……などなど。
もっと言うと、メイクや髪型も含めた1960年代のアンティーク・ファッションの数々。時代感を感じるロケ地。美術的にも素晴らしい一本なんです。

ここら辺が、「映画はストーリーで観る」という人(いわば“お話主導派”)と「アートな映画好き」な人(いわば“映像派”)で好みの別れまくる一本に。


【難解な作品にした犯人は勿論、監督です!!】
メガホンをとったのは、香港の巨匠=ウォン・カーウァイ監督の大作映画。ハリウッドの監督たちもファンを公言。日本でも人気の高い監督なんです。

ウォン・カーウァイ監督は、脚本を用意せず、場当たり的な演出や撮影を敢行する変わり者で有名。役者たちのインタビューでは「どこのどんなシーンなんだか撮影時はサッパリだった。完成版を観て、初めて解った」と言われるレベル。そう考えると、こーゆー映画になるのも仕方ない気がします。


【このシーン、カットした??】
なもんで、「撮ったけど使わない」未使用テイクも多そう。特に小説内のSF要素映像。そう思うのも、よく解らないカットが挿入されてるから。編集時に監督がカットしたのではないかと思っちゃいます。

小説内のエピソードは主人公のナレーションによって簡潔に説明。ただ、映し出されてる映像が、説明にない映像なんです。どーゆー描写なのか、どーゆーシーンなのか、解らな過ぎるんです。アジア圏の作品やハリウッド作品にも多く出演する俳優チャン・チェン木村拓哉の短いカットが挿入されてるのですが、どんなシーンなんだかよく解らない!!

主人公のナレーションでは、1967年の夜間外出禁止令が敢行、治安悪化した香港民主化デモの話が。このナレーションに、さっきの映像が被ってきます。最初は、当時の記録映像が映し出されます。その後、ナレーションでは、「愛を求める男女が全てを捨てて、《2046》へ向かう物語」と説明。地下道路(画面奥に車が確認できます。駐車場?)のような場所を走る男たち。木村拓哉を《2046》へ誘うタイの俳優=トンチャイ・マッキンタイア。抱き合う木村拓哉とアンドロイド役のマギー・チャン。イレズミの入った男に抱かれるアンドロイド。それを観て涙を流す木村拓哉。隣の部屋から何かを見つめるチャン・チェン
様々なイメージがインサート的に挿入されてるんですが、全体像が全く解りません。


【カットされたシーンを推測】
そこで公開当時のパンフを発掘。そこには、「《2046》へ旅立つ者は皆、失われた愛をとり戻すという同じ目的を抱いている。《2046》では何も変わらない。過去を愛おしく思う者にとっては理想郷であり、過去を忘れたい者にとっては、耐え難い場所となる。」との記載がありました。
マジで?! だって、本編で出てこないんだもん!!


【キャストのインタビューで推測!!】
パンフのトニー・レオンのインタビューを読んでみると、なんとも衝撃的な真実が発覚!!
「『2046』の撮影に入ったのは『花様年華』を半分撮り終えたところだったんですが、じつは、そのときの僕の役は今とまったく異なり、未来の郵便配達人だったのです。」との事。

なんだって?! 未来の郵便配達人?! もう違う映画じゃねーか!! ケビン・コスナーの『ポストマン』かよ!!
しかも、『花様年華』の撮影も終わってないのに別の映画の撮影し出したの?!
もうメチャクチャです。

トニー・レオンは続けて、脚本の無い現場の様子も証言してます。

「最初にスタートしたときのストーリーは、今となっては僕にはわかりません。毎日現場に行って、ようやくその日の撮影内容を聞くわけですから。全体のストーリーはわからないんです。しかも開始当時はチャン・ツィイーと自分しかいなくて、フェイ・ウォン木村拓哉らは後から加わってきましたし」と。

今度は、木村拓哉のインタビューを引用。また新しい情報が放出!!

「最初、僕の設定は〈殺し屋〉だと聞かされていました。監督からもキーワードは〈殺し屋〉だと聞かされていて…。でも、“そんなシーン、撮ってねぇな”という感じはあったので(笑)。撮影は本当になまもので、明日は監督がどんなことを考え出すんだろうという感じでした。」だって!!

全然、殺し屋の設定とか出てこないのに、何がキーワードだよ!! キムタクも「(笑)」じゃねーよ!! カオスかよ!!

ちょっと面白いので、他のキャストのインタビューも引用しますね。

フェイ・ウォンのインタビュー引用。
「そもそも、カーウァイ監督の映画に出るときは特別な準備も必要ない。とにかく深く理解する必要もなくて、その場で言われたことをやればいいという感じ。ご存知のように、撮影に入ってからも長い中断があったので、実際にでき上がった映画と、当初計画していたものは大幅に変わっていると思うし。カーウァイ監督の映画に出ると、最後まで自分の役がとういう役かはっきりわからないのが普通なのよ。」だそーな。

もはや、ちょっと監督をディスってるようにも聞こえますね!!

しかし、役柄も曖昧なまま、どんな演出をするのでしょうか?

続いて、チャン・ツィイーのインタビューを引用。
「きちんとした脚本はなく、毎日1、2枚の紙を渡され、今日はこの演技をするようにと言われて、それだけに没頭する。監督から『こうしろ』と指示されることはなく、実際に演じながらキャラクターを創っていくんです。まずは自分で考えて試して、それに対して『こうしてみたら?』と監督がアドバイスするという繰り返しでしたね。(中略)カットされているシーンもかなりありましたが(笑)、大満足よ。」と。

相当、時間に余裕のある(監督が時間に縛られない考えの)現場っぽいっすね。スタンリー・キューブリックのような何テイクも撮って、軌道修正していく(予算との兼ね合いは放置して)贅沢な現場のイメージでしょうか。
よくそんな状況で芝居できますね!!って感じですが、そこにもある“秘密のやり方”があったみたいです。

続きまして、カリーナ・ラウのインタビューを引用。
「じつは未来の部分を撮影しているとき、私のキャラクターについて、あまりよくわかっていなかったの。だから、監督が用意してくれた、それぞれのキャラクターに合った音楽を聴いて理解しようとしたわ。ちょっと補足すると、撮影に入る前に監督から、それぞれのキャラクターごとに選曲された音楽を渡されていの。(中略)撮影のときにも同じ音楽を流すようにして、うまくいくように計らってくれていたのよ。(中略)そのとき私たちに渡された音楽は、実際に映画でも使われているわ。」

そんな技が!! 思い出すのは、イタリアの巨匠セルジオ・レオーネ監督の撮影方法。先にテーマ音楽を幼馴染みの作曲家エンリオ・モリコーネに作らせ、それを現場で爆音タレ流し。曲に合わせ、カット割りも含めた撮影をしてたらしいです。まさに、同じ方法論!! そんな演出をしてたんですね!!

続いて、チャン・チェンにも隠された役柄の設定があった事が発覚!!
チャン・チェンのインタビュー引用。
「僕はロボットで、カリーナ・ラウをものすごく深く愛しているという役。最初、それたまけを説明されたんだ。」

お前、ロボットだったのか!! 全然、解らなかったぞー!!!!
どんだけのシーンがカットされたのか。未公開シーンも全部、観てみたいですねー。


【タイトルにも隠されたテーマ】
そもそも、タイトルの『2046』は2046年の事を意味しています。2046年とは、1997年の香港返還から50年目の節目。中国政府は香港返還の際、「今後、50年は変わらず」を明言。なもんで、2046年には、香港を取り巻く環境も様変わりする可能性があるのです。監督は、そこが本作の出発点と語っています。

パンフの監督インタビュー引用。
「(1997年の香港返還の際)そのときに、人生において変わらずに存在するものがあるだろうかと思った。(中略)でも、政治的な問題を扱った作品を撮るつもりはまったくなかった。僕は人間のほうに興味あるから。この映画は変わりたいと思っている人間を描いた映画。そして約束というものを扱った映画でもあります」との事を。

なるほど。妥協のないウォン・カーウァイ監督の思考が何となく読み取れてきました。


【他のカーウァイ作品との繋がり】
ウォン・カーウァイ監督の代表作が1999年に公開された『欲望の翼』。その製作時、『欲望の翼』は前編で、別途、後編の映画も作る予定だったとか。所が、予算を使い切り後編は頓挫。そのアイディアやキャラクターをそのまま別作品へ転用したと思われるのが、2000年公開の映画『花様年華』。
その『花様年華』の主人公のその後を描いたのが、本作『2046』なんです。

ちなみに、『欲望の翼』は複数の男女の恋心が交錯する恋愛群像劇。『花様年華』は1組の男女が隠れて不倫する大人のラブ・ストーリー。そして、大枠としては恋愛をテーマにしつつ、壮大な規模で展開する本作『2046』。全く作風の違う三作。

ただ、マギー・チャン演じるスー・リーチェンという役は三作共に登場します(役名と演じる役者が同じだけでキャラや設定はブレブレ)。『欲望の翼』でもナンパ男に恋するサッカー場の売り子と、『花様年華』では人妻、『2046』ではトニー・レオン演じる主人公の思い出の女性として。『欲望の翼』のラストでは、トニー・レオンの演じる謎の男が唐突に登場。そのまま何だったのか解らないまま、映画は終わります。役名は“ギャンブラー”とのみ記載されてます。
もしかしたら、『欲望の翼』の作られなかった後編には、ギャンブラーの若かりし頃のトニー・レオンが描かれ(『2046』でもギャンブル狂になった主人公が描かれます)、それが『花様年華』では結婚し、新聞記者として落ち着いた仕事へ転職。『欲望の翼』に登場したマギー・チャンは結婚し、『花様年華』でトニー・レオンと出会う……。そこで初めて、『欲望の翼』→未製作の後編→『花様年華』→『2046』へと繋がる壮大なウォン・カーウァイ・サーガが出来上がっていたのかもしれませんね。

パンフの監督インタビューを引用。「ふたつの映画を同時に作り始めて、『花様年華』が終わったところで『2046』に戻りました。(中略)トニー(・レオン)の役は、『花様年華』の彼とまったく違っている。『2046』を続編とする必要はないと思う。」との事。

さらに続けて、「劇中のキャラクターのように、僕も、過去を忘れようとするほど、過去を思い出してしまった。トニーは最後にどうにかそれを理解する。過去から逃れようとするほど、記憶は鮮やかになっていくことを。だから、過去と共に生きていくしかないんです。そうしているうちにある日、過去が消え去る日がくるかもしれない。これがこの映画のメッセージです」と言ってます。

ここまでハッキリとテーマを明言。そう思って本作を観てみると、やたら時計がモチーフとして登場する事に気づきます。
2015年の『映画とイデオロギー』(映画学叢書[監修加藤幹郎]、ミネルヴァ書房)という本で、藤城孝輔さんが「二つの時代のあいだで――『花様年華』と『2046』における狭間の時空間」という論評を書いています。その中で、本作の時計はただ時間を教える為に劇中へ写し込んでいる訳ではなく、時間の断絶を意味していると語っておられます。つまり、時計を写し込む事で物語の時間軸はジャンプ。時間経過を視覚的に表現。
さらに、本作の列車やホテル、アパートという室内シーンの数々も、一時的に身を寄せる滞在場所を意図的に選ばれているという指摘。
ウォン・カーウァイ監督は、取り留めのない時間経過の中で、過去へ捕らわれる恋心を表現していたのです。そう考えると、ストーリー的に繋がりの薄い『花様年華』ですが、主人公のラストの切なさもひとしお。
また混濁した本作の構成も、逆にリアルに思えてくるから不思議です。


星3つ
★★★☆☆

【関連動画】

2046 4K | Official Trailer (English)